philosophy
#考察
「創造性」はどこから生じるか
言語化能力とは何か、その定義・対象・測定可能性を考察。ChatGPTとの比較、哲学的ゾンビの問題、記述能力と表現能力の関係を論じる
背景
「自律的指向性」って部分が、フッサール好きな身としては個人的に刺さったのでちょっと色々垂れ流してみる
→ https://t.co/8sx64tBvaP— philomagi (@Philomagi) November 10, 2025
このツイートをきっかけとして、「創造性」はどこから生じるのかについて考察してみた内容をメモ。
本稿での問題設定
創造性というものについて考える時、そこには前提として「創造する」という行為が存在する。 この「創造する」という行為には要素として、行為の主体となる「創造者」と、行為の対象となる「創造物」が必然的に存在する。
創造性はどこにあるのかということが語られる時、俗には、「創造者」と「創造物」のどちらに創造性が宿るのか、と問われることが多いように思う。
ここでは、創造性はそのいずれでもなく、むしろ、「創造する」という行為の過程から生じるものであると考える。 とりわけ現象学的なアプローチから、すなわち創造性を「(属性・性質として)あるもの」ではなく、「(関係性として)与えられるもの」として捉えることで、創造性の本質に迫ることができると考える。 言い換えれば、創造性とは特定の人格や物質にひもづく属性や性質といったものではなく、 主体と対象のあいだにおける志向的関係の更新である、とするのが本稿での立場である。
つまり、「誰が作ったか」でも「何を作ったか」でもなく、「(主体にとって)世界がどのように与えられるようになったか」という意味構造の変化の問題として、創造性を問うことを試みる。