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#政治 #緊急事態条項

緊急事態条項についての私見 #2 イメージ案を踏まえて

2026年5月14日の緊急事態条項イメージ案は、総選挙延期・議員任期特例・身分復活・緊急政令へ重心を移している。参議院緊急集会を通常国会への復旧手続として整備し、オンライン国会・理由公表・期間上限・事後検証・人権保障を前提に、例外権限を厳格に限定すべきだ。

前回の記事

緊急事態条項についての私見 #1

緊急事態条項についての再整理

2026年5月14日、衆議院法制局・衆議院憲法審査会事務局により、「緊急事態条項」のイメージ案が示された。 資料によれば、この案は、令和4年12月1日および令和5年6月15日の2度の論点整理、令和7年6月12日の5会派骨子案、そして令和8年4月23日の緊急事態条項に関する集中的討議などを踏まえ、今後の議論素材として作成されたものである。1

私は、緊急事態に備える議論そのものは否定しない。 国会が正常に機能しない事態は想定可能であり、発生可能性が低いとしても、実現した場合のリスクは非常に大きい。 したがって、平時のうちに制度的備えを検討する意義はある。

しかし、緊急事態条項は、民主主義と人権保障を抑制しうる強い例外制度である。その必要性は前提にされてはならない。 総選挙延期、議員任期特例、議員身分復活、緊急政令、緊急財政処分はいずれも、まず既存制度では対応できないことが具体的に立証されてはじめて検討されるべきである。

現時点では、その立証は十分ではないと考える。

1. イメージ案の基本構造

イメージ案は、大きく見ると、次の要素から成っている。

第一に、衆議院解散後40日以内に総選挙を実施するという現行憲法54条の原則を維持しつつ、総選挙の一体性が害されるほど広範な地域で、 40日以内に適正な総選挙を実施することが困難な場合には、総選挙を実施できるに至った後、速やかに総選挙を行うとする規定である。1

第二に、参議院の緊急集会について、衆議院解散後だけでなく、衆議院議員の任期満了後に総選挙が行われる場合にも、次の国会が召集されるまでの間に国に緊急の必要があるときは、内閣が参議院の緊急集会を求めることができるとする規定である。1

第三に、選挙困難事態における国会機能維持である。イメージ案では、「緊急事態」を、地震等による大規模自然災害、感染症の大規模なまん延、内乱等による社会秩序の混乱、外部からの武力攻撃、その他これらに匹敵する事態と定義している。 これらの事態によって、国政選挙の一体性が害されるほど広範な地域で、国政選挙の適正な実施が相当程度長期間にわたり困難であることが明らかな場合、内閣が選挙困難事態を認定する構成である1

第四に、選挙困難事態が認定された場合、選挙期日を延期し、衆議院議員・参議院議員の任期を延長し、すでに任期が終了している議員については一定の限度で身分を復活させる構成である1

第五に、緊急政令・緊急財政処分である。令和8年4月23日の憲法審査会では、国会機能が維持できない場合に、内閣へ一時的に法律や予算と同様の効力を有する権限を付与する必要性が論点として示されている2

イメージ案は「中立的かつ専門的な立場から整理・作成したもの」とされているが、実際のところ、選挙困難事態における議員任期特例、身分復活、緊急政令、緊急財政処分の方向へと議論を進める構成になっている。

2. 評価できる点

第一に、任期満了時にも参議院の緊急集会を利用できるように射程を明確化する方向である1。現行憲法54条は、文言上、衆議院解散時を前提としている。 そのため、任期満了時に緊急集会を利用できるかには解釈上の論点がある。イメージ案がこれを明文化しようとする点は、解釈の幅を狭め制度を明確にするものとして評価できる。

第二に、緊急事態中の憲法改正発議・国民投票を禁止する方向は妥当と考える1。 緊急時には、情報環境、政治的自由、選挙・投票環境が通常時と異なる。そうした状況で憲法改正を進めることは、民主的正統性に重大な疑義を生じさせる。

第三に、広範性・長期性を論点として置いている点は重要である2。 選挙困難事態を認定するなら、単に「災害が起きた」「感染症が広がった」「安全保障上の危機がある」だけでは抽象的すぎ、濫用のおそれがある。 国政選挙の一体性を害するほど広範であり、かつ参議院緊急集会では対応しきれないほど長期であることを条件として置くのは、権力濫用への歯止めとして有意義と考える。

しかし、これらの評価点を踏まえても、現行のイメージ案には重大な問題が多く残ると評価する。以降では、それらを順に見ていく。

3. 総選挙延期規定の「速やか」について

イメージ案は、衆議院解散後40日以内に総選挙を実施することが困難な場合、「総選挙を実施できるに至った後速やかに総選挙を行う」としている1

しかし、「総選挙を実施できるに至った後」という文言は非常に曖昧で、解釈の幅が広い。 誰が、どの基準で、どの事実に基づいて「実施できるに至った」と判断するのかが明確ではない。 このままでは、事実上の無期限延期に利用される危険が残る。

総選挙延期規定はその制度構造上、選挙権の行使と民主的正統性を一定程度抑制する性格を不可避的に孕む。 したがってその必要性は推定されてはならない、すなわち、「あった方が良いだろう」という理由で肯定されるべきではない。 まず、参議院の緊急集会、繰延投票、選挙事務の復旧、オンライン国会、遠隔出席・遠隔表決、分散開催等では対応できないことが具体的に立証されなければならない。

その立証がない限り、総選挙延期規定は設けるべきではないと考える。

仮に設けるのであれば、最低限、次の事項が憲法上または憲法に準ずる形で明記されなければならない。

  • 判断主体
  • 判断基準
  • 判断理由の即時公表
  • 対象地域
  • 国会機能または選挙実施への具体的支障
  • 既存制度で対応できない理由
  • 最長延期期間
  • 監視主体
  • 認定解除条件
  • 事後検証手続

注意しておきたいのは、これら条件は「総選挙延期規定は設けてもよいが条件を置くべき」という趣旨ではないということだ。 原則として設けるべきではないが、どうしても必要性が立証されるならば、これらの条件を伴わなければならない、というのが本稿での趣旨である。

総選挙延期規定について、現状はその必要性は明確に示されていないと考える。

4. 緊急集会の暫定性と任期特例、両者の「棲み分け」について

イメージ案は、参議院の緊急集会と議員任期特例との「棲み分け」を図る構成になっている。 資料では、参議院の緊急集会の開催期間について、「次の国会の召集まで」とし、選挙困難事態における議員任期特例との棲み分けを図ると説明されている1

しかし、そもそもなぜそのような棲み分けが必要なのかが十分に説明されていない。

「参議院の緊急集会は一時的・限定的・暫定的である」という説明がなされているが、この説明から導けるのは、 せいぜい「参議院の緊急集会には一定の限界があるため、その限界をどう補うか検討すべきである」までである。

そこから、直ちに「議員任期特例が必要である」という結論を導く論理的必然性は無い。

なぜなら、議員任期特例もまた、一時的・限定的・暫定的でなければならないからである。 緊急事態における例外制度である以上、参議院緊急集会も、議員任期特例も、いずれも平時の通常国会に代わる暫定制度であることには変わりない。

本来比較されるべきなのは、次の点である。

  • 参議院緊急集会の拡張と議員任期特例のどちらが、通常国会への復旧に資するか
  • どちらが選挙権・国民主権への侵害が小さいか
  • どちらが濫用されにくいか
  • どちらが事後検証に服しやすいか

議員任期特例の方が通常国会への復旧に有利であり、かつ選挙権・国民主権への侵害が小さいと明白に認められる論が提示されるなら、議員任期特例を検討する余地はある。 しかし、現状ではその立証は示されていないと考える。

むしろ、参議院緊急集会については、期間、権限、延長条件、任期満了時の扱い、参議院議員の任期が到来した場合の扱いを明確化することで、まず通常国会への復旧手続として整備するべきと考える。

参議院緊急集会を用いるにせよ、議員任期特例を用いるにせよ、それは通常国会への復旧手続であり、暫定的なものとして扱われる必要がある。 その上で、権利侵害や濫用への観点から、議員任期特例という制度を新設するのではなく「良識の府」としての性格を持つ参議院緊急集会を基礎として置くことの方が優れていると考える。

5. 包括条項「その他これらに匹敵する事態」について

イメージ案は、緊急事態として、大規模自然災害、感染症の大規模まん延、内乱等による社会秩序の混乱、外部からの武力攻撃に加え、「その他これらに匹敵する事態」を挙げている。1

この包括条項は、権力の濫用・暴走を招きかねないという観点から、非常に危険である。少なくとも、一切の留保無く認めてはならないと考える。

包括条項がなければ、微妙に類型から外れる事態に対応できないという問題意識もあるだろう。 しかし、すでに挙げられている災害、感染症、内乱、安全保障という類型は、かなり抽象的かつ広範な事態をカバーし得る。 そのうえで、さらに「その他これらに匹敵する事態」を置くことは、いざという時の利便性よりも、それ以外の場面での濫用危険の方が大きい。

したがって、包括条項は原則として設けるべきではない。

仮に設けるとしても、その効力は最小限に狭めるべきである。 包括条項に基づく緊急政令・緊急財政処分は、既存類型のうち最も近いものの権限を上限とし、かつ国会の特別多数承認、理由公表、短期の期間制限、事後検証を必須とすべきである。

6. 事態認定の理由公表および事後検証について

理由公表と事後検証は、包括条項に限らず、すべての類型において必須である。

緊急事態認定においては、単に「災害である」「感染症である」「安全保障上の危機である」と表明するだけでは足りない。認定時には、少なくとも次のような事項を即時に公表すべきである。

  • どの事態類型に該当すると判断したのか
  • 根拠となる具体的事象は何か
  • 対象地域はどこか
  • 国会機能または選挙実施にどのような支障があるのか
  • その支障がどの程度広範であるのか
  • その支障がどの程度長期に及ぶと見込まれるのか
  • 繰延投票、オンライン国会、分散開催、選挙事務復旧ではなぜ足りないのか
  • どの権限を発動する必要があるのか
  • その権限がなぜ必要最小限なのか
  • いつまでの認定なのか
  • どの時点・条件で解除されるのか

理由公表は、緊急事態認定の民主的統制に不可欠である。

7. 議決要件の基準について

イメージ案では、国会承認の議決要件について、過半数か、出席議員の3分の2以上かが論点として示されている。1

しかし、選挙困難事態の認定は、選挙延期や議員任期特例を通じて民主主義を一時的に抑制し得る重大な事項である。 その重大さを鑑みるなら、通常の原則から外れたとしても、過半数では不十分である。

原則として、各議院の総議員の3分の2以上を要求すべきと考える。

一方、緊急時には物理的に出席できない議員が多数出る可能性もある。そのような場合、出席議員が総議員の3分の2に満たず、承認不能に陥るという事態も想定できる。 ただし、「総議員を基準にすると承認不能のケースが想定される」ことは、「出席議員を唯一の基準にすべき」という結論を必然的には意味しない点に注意すべきである。

まず整備すべきなのは、オンライン出席・遠隔表決である。 緊急時に物理的出席が困難であることを理由に議決要件を緩和するのではなく、まず遠隔出席・遠隔表決を整備し、総議員基準を維持する方向で制度設計すべきである。

その上で、どうしても出席議員が一定数未満である場合への備えとして、「出席議員が総議員の3分の2に満たない場合は、出席議員の3分の2を基準とする」という特例を設けるという選択肢が考えられる。

法文としては煩雑になるが、緊急事態条項が少なからず民主主義を抑制する制度である以上、明快さよりも濫用抑制を優先すべきである。

8. 選挙困難事態の認定に対する評価について

選挙困難事態の認定に裁判所を関与させるべきかについて、令和8年4月23日の議論では、緊急事態解除後の国政選挙によって最終的に国民が判断されるから、裁判所による判定は不要とする説明がなされている。2

しかし、これは政治的責任と法的適合性を混同している。

選挙は、今後の政治判断を誰に代理させるかを決める制度である。 過去の政策評価、今の文脈で言えば緊急事態中の政策判断は、その判断材料にはなり得る。 しかし、選挙そのものが過去の政策評価であるわけではない。 まして、選挙困難事態の認定が発動時点で憲法上の要件を満たしていたかを審査する手続ではない。

したがって、緊急事態終了後の国政選挙をもって、裁判所または独立第三者機関による事後検証を代替することはできないし、するべきでない。

少なくとも、事態終了後には、認定の根拠、認定期間、延長判断、選挙延期、任期特例、緊急政令、緊急財政処分、人権制約、情報秘匿について、裁判所あるいは独立した第三者委員会によって検証すべきである。

こうした検証システムは、緊急事態を理由として不当に制限された権利・自由を回復可能にするための重要な要素であり、選挙で代替したり、法律に委ねたりしてよい内容ではない。

9. 期間上限と通算上限

イメージ案では、任期延長期間の上限や通算上限が論点として示されているが、具体的数値は未確定である。関連議論では、半年、1年、再延長、通算1年などが示されている。2

具体的な期間は、比較憲法論、選挙実務、災害復旧実例、感染症対応、安全保障上の事例などを踏まえて検討されるべきだろう。 私自身は上限3か月、通算1年などでも良いのではないかと考えているが、いずれの数値についても決定的根拠を持っているわけではない。

しかし、大原則として、上限は抑制的に定められるべきである。

とりわけ、通算上限を定めないという選択肢は断じて受け入れられない。 通算上限のない選挙延期・任期特例制度は、事実上の無期限延期を可能にする制度的抜け穴となり得る。

10. 選挙困難事態の認定期間経過後について

イメージ案は、選挙困難事態の認定期間が経過した後、速やかに総選挙または通常選挙を行うとしている。1

しかし、議員任期特例の議論と同様に、「速やかに」では抽象すぎ、憲法条文としては不十分である。

選挙実務上、認定解除から投票日まで極めて短期間に設定することが困難とは考えられる。 候補者届出、告示、公示、投票所確保、選挙人名簿、選挙管理委員会の体制整備などが必要だからである。

それでも、期限は具体化されなければならない。 選挙困難事態の認定が不可避的に民主主義を制約する性質を持つ以上、選挙回復までの基準は明確かつ抑制的に設定されるべきである。 この観点は、認定期間経過後の選挙実施時期を引き延ばすことによる権力固定を防ぐという意味がある。

たとえば、認定終了または解除後10日以内に選挙期日を公示・告示し、 法律で定める最短の選挙準備期間を経て、遅くとも一定期間内に投票を実施する、といった二段階方式が考えられる。 ここでの「10日」は緊急集会と平仄を取る意図であるが、具体的な数値は様々に考えられるだろう。

重要なのは、具体的日数そのものではなく、選挙実施の引き伸ばしによる権力固定を憲法上抑止することである。

11. 選挙可能時の認定・特例効果について

イメージ案は、認定期間経過前であっても、選挙を適正に実施できると認められるに至ったときは、国会の議決に基づき、速やかに選挙を行うとしている。1

そこでは選挙困難事態認定、およびその中で有効となる各種特例効果については言及されていないが、選挙可能になったなら、認定の解除および各種特例の終了もあわせて行われるべきである。

選挙困難事態は、選挙を適正に実施できないことを根拠として認定される。 したがって、選挙を適正に実施できる状態になったなら、単に選挙を行うだけでなく、選挙困難事態の認定そのものを終了させ、 その認定に基づく任期特例、選挙期日特例、閉会禁止、解散禁止、その他の特例効果を当然に終了させるべきである。

民主主義を抑制する制度である以上、法文が多少冗長になっても、解除条件と効果終了は明記されなければならない。

12. 議員身分復活について

イメージ案は、衆議院解散後に選挙困難事態が生じた場合、前衆議院議員の身分復活を認める構成を含んでいる。 令和8年4月23日の議論でも、解散後は衆議院議員が身分を失っているため、任期延長では対応できず、前議員の身分復活が論点とされている。2

しかし衆議院議員の身分復活は、いったん失われた議員資格を選挙を経ずに回復させる制度である。これは、単なる任期延長以上に、選挙による民主的統制への侵害が大きい。

選挙困難事態には、まず参議院の緊急集会、選挙事務復旧、オンライン国会、分散開催によって対応すべきであると考える。 それによって可能な限り衆議院選挙を実施可能にし、また繰延投票等を駆使して選挙を実施し、一定程度の正当性を担保した形で衆議院を構成するべきと考える。

この意味において、参議院緊急集会は通常国会の代替ではなく、通常国会への復旧手続である。この位置づけを徹底するならば、議員身分復活の必然性は十分に薄まると考える。

13. 選挙困難事態中の内閣不信任決議について

選挙困難事態の認定期間中に衆議院解散を禁止することは、濫用防止の観点から理解できる。 選挙困難事態の中に内閣が解散権を行使できると、選挙時期の操作につながる危険がある。

しかし、不信任決議まで禁止すべきではない。緊急事態中こそ、内閣への行政監視は重要である。 緊急事態を理由に政府権限が強まるなら、国会による責任追及手段も維持されなければならない。

したがって、次の建付けが望ましいと考える。

  • 選挙困難事態の認定期間中、衆議院の解散は禁止する
  • ただし、内閣不信任決議は妨げない
  • 選挙困難事態の認定期間中に不信任決議が可決された場合には、衆議院解散ではなく、内閣総辞職のみを認める

これにより、制度的矛盾を避けつつ、行政監視機能を維持できるだろう。

14. オンライン国会と緊急事態条項の関係について

オンライン国会は、緊急事態条項の一部というより、緊急事態条項を最小化するための前提制度であると考える。

国会機能不全への対応を整備する前に、まず国会機能不全を起こしにくい制度を整備するべきである。 オンライン出席、遠隔表決、分散開催が整備されれば、国会機能が停止するリスクは小さくなる。

したがって、まず第一にオンライン国会が議論されるべきであり、それが認められない内は、緊急事態条項も認めるべきではない。 国会機能不全を起こしにくくする努力をしないまま、国会機能不全を理由に議員任期特例や緊急政令を認めるのは、順序が逆である。

15. 緊急政令・緊急財政処分の制限について

緊急政令・緊急財政処分は、緊急事態条項の中でも特に危険な制度である。 なぜなら、これは国会の立法権・財政統制を、条件付きとはいえ内閣に代替させる制度だからである。

認めるとしても、「国民の生命、身体及び財産を保護するため」といった、濫用を防ぐための目的限定が必要である。 さらに、災害、感染症、内乱・テロ、安全保障といった事態類型ごとに、許容される政令・財政処分の範囲をホワイトリスト方式で限定すべきである。 これら事態類型はそれぞれ性格が異なる以上、「必要最小限」とみなしうる水準も異なるからだ。 ただし、いずれの類型にせよ、許容される範囲は強く抑制的に定められなければならない。

同時に、緊急時であっても許されない行為をブラックリストとして明記すべきである。

たとえば、次のようなものは、緊急時であっても禁止されるべきである。

  • 政府批判一般の制限
  • 報道機関への包括的検閲
  • 野党・市民団体の活動制限
  • 緊急事態と無関係な刑罰創設
  • 恒久的監視制度の創設
  • 緊急事態と無関係な財産権制約
  • 選挙制度の恒久変更
  • 憲法改正発議

16. 人権保障について、三層構造での整理

緊急事態条項においても、むしろ緊急事態だからこそ、人権保障の下限を明記しなければならない。 緊急事態を口実とした不当な人権侵害は、強く抑止されるべきである。

ただし、すべての権利を同じ形で扱うのではなく、次の三層構造で整理を提案する。

第一層:絶対に侵害できない権利・中核

緊急事態であっても、いかなる類型でも侵害できないものとして、少なくとも次を明記すべきである。

  • 個人の尊厳
  • 法の下の平等・差別禁止
  • 生命の恣意的剥奪禁止
  • 拷問・残虐な取扱いの禁止
  • 奴隷的拘束・意に反する苦役の禁止
  • 思想及び良心の自由の内心部分
  • 信教の自由の内心部分
  • 刑罰不遡及
  • 黙秘権
  • 弁護人依頼権など刑事手続上の中核的権利
  • 裁判を受ける権利の中核
  • 人身の自由の中核

第二層:積極的に保障されるべき権利・利益

ここで上げる権利は、むしろ緊急時にこそ国家が積極的に保障すべき政策目的である。

ここには、次が含まれる。

  • 生存権
  • 医療へのアクセス
  • 食料・水・避難場所へのアクセス
  • 最低限の生活保障
  • 障害者、高齢者、子ども、外国人、貧困状態にある人などへの差別なき支援
  • 情報アクセス、避難情報へのアクセス

一方で、トリアージや物資配分といった観点から、これら権利を保証しきれない場合は、残念ながら十分に考えうる。 トリアージおよび物資配分は、生存権の制限として理解すべきではない。 それは、生存権を保障するための資源が不足する限界状況において、不可避的に発生する優先順位の問題である。

その意味で、これら権利は確実な保証こそ難しいものの、制限が肯定されるものではなく、積極的に保証するよう努めるべきものである。

そしてトリアージや物資配分の基準は、医学的必要性、生命身体への危険、緊急性、代替手段の有無、脆弱性への配慮、差別禁止に基づかなければならない。 政治的属性、国籍、思想、地域、支持政党等による恣意的配分は禁止されるべきである。

第三層:停止は不可だが、厳格条件の下で制約があり得る権利

次の権利については、緊急時でも停止してはならないが、厳格な条件の下では制約が問題となり得る。

  • 集会・結社の自由
  • 移動の自由
  • 教育を受ける権利
  • 職業選択・営業の自由
  • 財産権
  • 学問の自由のうち施設利用・現地調査等の外形的活動
  • 表現の自由のうち生命身体への直接的・具体的危険を発生させる情報流通

たとえば災害により危険な地域への立入禁止命令、紛争区域から対比させるための避難命令などを行う場合、移動の自由については制限せざるを得ない場合がある。 教育を受ける権利などについても、災害や紛争等によって学校施設そのものが利用できない状況は想定しうる。

とはいえ、これらの制約は包括的に認めるべきではない。 ホワイトリスト方式で、たとえば特定危険区域への一時的立入制限、安全地帯への避難命令、感染症対策上必要な短期の施設利用制限、災害時の学校施設の避難所利用など、具体的措置として限定されるべきである。

さらに、あらゆる制約には次の要件を課すべきである。 これらは、制約の正当性を事後的に検証可能とし、また不当だった場合にはそれを回復する可能性を確保するためのものである。

  • 緊急事態との直接関連性
  • 必要最小限性
  • 比例性
  • 期間限定
  • 代替手段の不存在
  • 差別禁止
  • 補償
  • 理由公表
  • 司法または第三者機関による事後検証

17. 結論

私は、緊急事態に備える議論そのものを否定しない。

しかし、2026年5月14日のイメージ案は、参議院緊急集会の射程明確化を含みつつも、全体としては総選挙延期、議員任期特例、身分復活、緊急政令、緊急財政処分へと重心を移している。

これらはいずれも、民主主義と人権保障を抑制し得る強い例外制度である。したがって、その必要性は前提にされてはならない。

現時点で優先すべきなのは、総選挙延期規定や議員任期特例ではない。

まず整備すべきなのは、参議院緊急集会を通常国会への復旧手続として明確化すること、オンライン国会・遠隔表決・分散開催を整備すること、繰延投票と選挙事務復旧を強化することである。

そのうえでなお、総選挙延期や任期特例が必要だというなら、判断主体、判断基準、理由公表、総議員3分の2以上の承認、期間上限、通算上限、解除条件、選挙実施期限、第三者委員会と裁判所による事後検証、人権保障を、憲法上明記すべきである。

緊急事態条項は、政府に強い権限を与えるための条項であってはならない。非常時にもなお、政府が越えてはならない境界と、政府が果たすべき保障義務を明記するための条項でなければならない。

Footnotes

  1. 衆議院法制局・衆議院憲法審査会事務局(2026)「『緊急事態条項』のイメージ(案)」衆議院,2026年5月14日(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2210514housei_kenshin-siryou.pdf/$File/2210514housei_kenshin-siryou.pdf),2026年5月15日閲覧 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13

  2. 衆議院憲法審査会(2026)「第221回国会 衆議院憲法審査会 第4号 令和8年4月23日」衆議院,2026年4月23日(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/025022120260423004.htm),2026年5月15日閲覧 2 3 4 5